神無月に観た映画
●高慢と偏見とゾンビ
≪ざっくり一言≫拳と拳で愛を語り合う世界
舞台は18世紀イギリス、謎のウィルスが蔓延し感染したものはゾンビとなって人々を襲っていた。
片田舎で暮らすベネット家の5人姉妹は、裕福な人との結婚を夢見ながら得意のカンフーでゾンビと戦う日々を送っている。そんなある日、屋敷の隣に大富豪の騎士ダーシーが引っ越してくる。狂喜乱舞する姉妹だったが、次女エリザベスだけは、初対面でみせた彼の高慢な態度に嫌悪感を抱いていたのだ。だが人類とゾンビの最終戦争が勃発し、共に戦うことになった二人は、互いの偏見に徐々に気づき始め、次第に惹かれあうように……。
J・オースティンの名作「高慢と偏見」にゾンビを力業で押し込んだら……こんなのできちゃいました。全く関係ないものを混ぜ込むこの手法、「マッシュアップ」と言うのだそうですね。これ考えたヤツが、既にゾンビに脳みそかじられてるんじゃね(超級大賛辞)?! と言ってあげたくなる本作ですが、個人的には嫌いじゃないです。
もともとの「高慢と偏見」は高校生の頃、読書感想文の課題図書として読んで、四苦八苦しながら「結婚というのは大変だと思います」的な文章をひねくりだしたような覚えがあります。余談ですが……その頃は確かタイトル「自負と偏見」だったような気がするんだよね。
高尚な名作は女子高生の心に響きませんでしたがw、ゾンビと格闘を混ぜた途端おばちゃん大歓喜www。とはいえ、色々ツッコミ処はたくさんあります。何で格闘技を習得するのが「日本>中国 *」なんだ、とか革のロングコートをなびかせたダーシー様は、どう見てもお貴族様というよりバンパイヤハンターだろうとか。
(* 作中では、武術を学ぶために留学する先として「金持ち→日本(=サムライ)へ、そうでない人→中国へ」という謎設定があります)
でもまぁ、そんなことはどうでもいい。ドレスアップするご令嬢達が当たり前のように、ガーターにナイフ仕込んでたり、ご家庭で世間話をしながら本格的な手合わせしてたり。ダーシーがエリザベスにプロポーズ→玉砕→拳で語り合うラブシーン(結果、部屋中を破壊)等々に素直に笑っておけばよいかと。
このマッシュアップ世界を使って、TRPGをやるのも楽しいかも知れません。日本で修行すればサムライ系剣士、中国ならモンク系戦士なんてクラス分けもできるし(戦闘面の活躍はしませんが、ちゃんと神父もいるしね)。
●ある戦争
≪ざっくり一言≫部下か民間人か、正解のない究極の選択
紛争が続くアフガニスタンで平和維持軍に参加しているデンマーク軍の部隊長を務めるクラウスが主人公。彼の任務は部隊を率いて地域を巡回し、民間人をタリバンの襲撃から守ることだ。
過酷な任務に疲弊する部下達を常に思いやり、自ら先頭に立つことで彼らを勇気づけ、鼓舞しようとクラウスは奮闘する。一方故郷では、妻のマリアがまだ幼い3人の子ども達を一人懸命に育てていた。ある日、パトロール中のクラウスの部隊がタリバンの奇襲に遭い、部下の一人が瀕死の重傷を負う。しかも敵の位置を掴めぬまま部隊は追い詰められていく。いまだ敵兵が視認できない中、もはや一刻の猶予もならないと考えた彼は、敵が攻撃してきている思われる地区への空爆要請を決断する。しかしこの要請が新たなる事件のきっかけとなるのだった。
「戦争=悪」。そう言ってしまえば身も蓋も、元も子もないのですが、この地球上に紛争がある以上、世界のどこかでクラウスのような任務に就いている人がいることも、また紛れもない事実。
クラウスの行った空爆要請によって、民間人が亡くなったことから、彼は軍事法廷で裁かれる身となります。本来空爆要請は敵兵を視認してから行うこと、と定められているため、この地域に本当に敵兵がいたのかどうか。そして視認を行ったのかどうか、が裁判の争点です。
結果として子供を含む民間人が死亡したが、では隊長として瀕死の部下を見殺しにするべきだったのか。自分達が戦死するべきであったのか。この問題に簡単に答えが出せる人はいないでしょう。
裁判のため帰国したクラウスが、自宅で布団からはみ出した子供の足と、法廷で見せられた子供の死体の足をオーバーラップさせるシーンで、彼自身もまた自分の下した結果が正しかったのか答えが出ていないことを示します。
最後、有罪か無罪かという裁判の結果は一応出ますが、どちらを判定されても、彼の心が晴れることはないのでしょう。この問いに完璧な正解は、きっと存在しないから。
●湯を沸かすほどの熱い愛
≪ざっくり一言≫家族を立て直せ!!
銭湯「幸の湯」を営む幸野家。しかし、父が1年前にふらっと出奔し銭湯は休業状態。母の双葉は、持ち前の明るさと強さで、パートをしながら、一人娘を育てていた。
そんなある日、パート先で突然倒れた彼女は運ばれた病院で「余命2ヶ月」の宣告を受ける。この日から、彼女は「絶対にやっておくべきこと」を決め実行していく。それは、家出した夫を連れ帰り家業の銭湯を再開させる、気が優しすぎる娘を独り立ちさせる、娘をある人に会わせること。
双葉のこの行動は、家族からすべての秘密を取り払うものだった。ぶつかり合いながらもより強い絆で結びついていく家族。そして母から受けた大きな愛で繋がった家族は、究極の愛を込めて彼女を葬ることを決意する。
一足先に試写会で観ました(銭湯を舞台にするだけあって、お土産に入浴剤付き)。先日公開されたばかりなので、ネタバレはなしで。
CMなどではとにかく「泣ける」方向で推しております。それもまた事実ですが、「家族」って何かなと、改めて考える作品です。それにしても、自分が去るまでの短い期間に家族を立て直す。そのエネルギーは本当にすごい。
双葉役の宮沢りえ、年を経ることでいい役者さんになったなぁとしみじみ思います。そして夫役のオダギリジョー、見事なまでにダメ男ですw。
私は「余命2ヶ月」と言われたら、何をするかなぁ。正直すぐには思い浮かばない。
●手紙は憶えている
≪ざっくり一言≫時効のない怒り、しかし寿命という名の期限もまた存在する
最愛の妻の死も覚えていられないほど、もの忘れがひどくなった90歳のゼブ。ある日、彼は同じ老人ホームに住む友人のマックスから1通の手紙を託される。
2人はナチスの兵士に大切な家族を殺された、アウシュビッツ収容所の生存者だった。手紙には収容所時代彼らのいた区画の担当官であったナチス兵に関する情報が記されていた。その名はルディ・コランダー。戦後、身分を偽り、今も生きているという。容疑者となる人物は4人にまで絞り込まれていた。体が不自由なマックスの思いも背負い、ゼブは復讐を決意し、この1通の手紙とおぼろげな記憶だけを頼りに単身旅に出る。
こちらも試写会で観ました。「湯を沸かすほどの熱い愛」と同じく、公開直後なのでネタバレなしで。
ミステリーなので謎解きの要素もありますが、勘のいい方なら途中でオチに気づくかも知れません。
「何らかの理由で記憶がなくなるが、記録された何かによって毎日それを上書きする」。これ自体は他の作品でも見かける設定です。しかし主人公を痴呆症を患う老人にしたことでこの設定の必然性と、同時に第二次大戦からの時間の経過をも表しています。
時が流れて、歴史上の事件となりつつありますが、当事者が生きている限り、まだ気持ちの上での決着はついていないのです。
残りは5本。
普段ならあまり観ないタイプの作品が入っています。いつもの単館系ではなく、大手シネコンで上映しているメジャー路線なので、もしよろしかったら、どれを選んだのか当ててみて下さい。
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